経済システムの広範囲に影響が及び、予測不可能な「クラッシュ型重大危機」に対しては、従来の対応策が十分に機能しない。発生する4つのクラッシュ – もの、サプライヤー連携、社内連携、指揮系統 – に的確に対応するためには、サプライヤーの事業継続計画(BCP)共有などの事前準備とともに、状況に対応した適正なコントロールを実現する仕組みが求められる。
大震災から10日ほど後、私は「生き残る判断、生き残れない行動」(注1) を読み返していた。邦題はやや大仰に思えるが、”THE UNTHINKABLE”というこの書籍は大災害やテロに遭遇した人々の心理や対応行動をインタビューに基づいて整理した良質のドキュメンタリーである。昨年末、特別な意図はなく偶然に購入していたものを、ふと思い出して、私は再度手に取っていた。
被災したサプライヤーからの部品供給途絶の報道を数多く目にするようになった時期はいつからだろうか。新聞記事検索などで確認すると、ちょうどこの時期であることを発見した。それ以前は、被災企業自体の状況に関する報道が主体で、まだ具体的な状況確認までに至れていなかったのだろうか、企業に関する記事数は多くはない(注2)。大震災直後の日経産業新聞などは紙面数も少なく、随分と薄っぺらい感じがする。私自身のメモを見ても、知人からの部品供給途絶について多くを耳にするようになったのも、ちょうどこの時期になる。震災から約1週間を経過した頃から始まって、既に1か月以上も部品供給の不全が継続しているにもかかわらず、完全な解決までにはまだ多くの時を要する見込みである。
同時期のメモを見返すと、当時頭の片隅に引っ掛かっていた「危機管理の要諦は「状況認識の共有→当面の目標設定→達成状況の管理」である」(注3) という言葉をメモしている。原子力発電所事故に関連した日本経済新聞の記事の中にあった言葉だ。
Ⅰ. クラッシュ・マネジメント:予測不能事態の発生
丸ビルにあるオフィスでの電話会議を済ませて、仕事の資料を探しに書店の丸善に行こうとして東京駅の地下へ出たところで、今までに感じた事がない揺れが来た。丸の内地下南口改札前に集合していた修学旅行の学生から悲鳴が上がるとともに、「頭を隠して」という引率教師の声があたりに響いた。私自身も立っていることができず、地下通路内にある円柱に手を添えて、体がふらつくのを押さえていた。「頭上にはビルなどの建築物はなく、駅前広場の天井だけだ」と思っていたことを覚えている。揺れが治まると、丸の内オアゾの停止したエレベータを歩いて登り、資料を購入した後、丸の内オアゾ地下にあるテレビの前で津波が東北の街を押し流すのを見ていた。オフィスに向かうエレベータは停止していて、戻れる見込みは判らなかった。ちょうどそのとき、茨城県沖のM7.4の余震が発生し、オアゾとそれに隣接する新丸の内センタービルの間の隙間がギシギシと軋み声を上げながら、随分と長時間、大きく動くのを眺めることになった。
まだ生きていた携帯電話回線を使って同僚の無事を確認し、セブン銀行のATMからある程度の現金を得たうえで、丸の内を後にしたのは16時前後で、その後東京メトロ東西線の線路沿いにやや大回りのルートを取りながら、26kmを4時間半かけて徒歩で帰宅した。
そして、その後約1か月間は、暗く閉ざされた映画館でロードショーを見ることができなくなった。
イアン・ミトロフは危機(クライシス)対処について、5段階に区分した図式(Five Stages of Crisis Management)(注4) を提示している。後述するように、彼の主たる意図は第1段階および第2段階の準備を怠りなく実施することにあるのだが、危機発生後も含めた総合的なアプローチの必要を説く。そこでは危機発生後の対応を「クラッシュ・マネジメント(Crash Management)」と呼んでいる。
これまでわれわれは、リスク管理やクライシス管理(危機管理)の名のもとに、いくつかの供給サプライチェーンの途絶への対応策を探ってきた。古くは、1993年7月に住友化学愛媛工場で溶媒回収タンク爆発し、世界シェアの6割を占めていた半導体生産に必要なエポキシ樹脂の生産が停止した事件があった。他メーカーの代替生産も十分な量を供給するに至らず、11月に同社が生産を再開するまで、世界中の半導体メーカーは割り当て供給を受けることとなった。
では、今回の大震災で我々が直面している事態は従来とどこが異なるのだろうか。考えるに、あまりにも広範囲で底がしれないほどの途絶が、地理的な広がり、品目的な広がり、産業的な広がりにおいて、突然に同時多発的に発生していることにあると思う。しかも発生直後から連鎖的に途絶が発覚し、その影響は半年以上という長期にわたる見込みである。
これまで我々は危機を「クライシス」と呼んで、対応を図ってきた。しかし、このような事態は重大事態の発生を受けた今、我々は単なる「危機(クライシス)」という捉え方を越えた「破断(クラッシュ)」として、新たな対応手段を考えていかねばならないのではないだろうか。
事業継続計画(BCP)の策定~現在の状況
2007年7月16日、海の日の午前に発生した新潟県中越沖地震は東京でも震度3を記録した。より震源に近い柏崎では震度6強の激しい揺れとなった結果、この地区に主力工場を展開する自動車部品メーカー(株)リケンの生産設備が破壊され、1週間生産が停止した。同社のピストンリングは国内シェアの5割、変速機シールリンクは7割のシェアを占めていたことから、これらを調達していた国内自動車メーカー全12社およびの変速機大手の(株)ジャトコでの生産も停止する事態となり、自動車メーカー全体での減産台数は約11万台に達する大きな影響を出したことにより、「リケン・ショック」という用語が、当時の報道メディアで語られることとなった。
今回の大震災を契機に幾つかの企業で確認してみた結果、供給サプライチェーンの事業継続計画(BCP:Business Continuous Planning)の作成に着手する契機は、このリケン・ショックであったと回答した企業が多くあった。
具体策としては、購入している部品単位で、直接に取引があるサプライヤーに対して、そのサプライヤーが部材を調達しているサプライヤー(2次サプライヤー)までの一覧表を提出させているところが多いように思われる。単一取引先からの供給を見直し、複数社からの供給を、災害対策の視点のみから導入したところは、現時点まで耳にできていないが、競争環境を導入して、有利な価格を引き出すために、この機会を利用している企業はある。
サプライチェーンに留まらないより広範囲な事業継続計画(BCP)を既に策定しているのは、大企業(上場企業)で約3割、中小企業で約1.5割。部分的に策定済みや策定中までを含めると、大企業(上場企業)で約6割、中小企業で約3割程度というのが、幾つかの調査結果での平均値のように思える。
政府の動向としては、2003年9月に中央防災会議の下に「民間と市場の力を活かした防災力向上に関する専門調査会」が設置され、この調査会が2004年にとりまとめた「「民間と市場の力を活かした防災戦略の基本的提言」に企業の事業継続計画策定を促進することが提言された。その後続活動を担う機関として「企業評価・業務継続ワーキンググループ」が設置され、2005年8月に「事業継続ガイドライン(第一版)」が提示されてきた。海外に比べて自然災害を意識した、防災対策としての事業継続計画が指向されてきた経緯がある。
一方、企業の情報開示(IR)の観点で有価証券報告書への「事業の継続リスクの開示」が進んでいる。2002年12月の金融審議会第一部会報告「証券市場の改革促進」で有価証券報告書への「事業等のリスク」の項目が新設され、2004年の証券取引法改正により企業の事業に関わる重大なリスク等の記載が義務化された。これにより、災害も含めた定性的なリスク情報の開示が進んできた。東芝や富士通では、事業などのリスクの災害リスクの開示内容に事業継続計画(BCP)の策定により対応をとっている旨を記述している。
米国企業の過半数が事業継続計画(BCP)を策定済みである現状と比べると、まだ十分な比率には至っていないもの、日本企業でも事業継続計画(BCP)の策定が徐々に進んできている。政府の意向としては、2014~15年までには、すべての大企業および半数の中小企業で事業継続計画(BCP)の策定が行われることを目標にしている。
事業継続計画(BCP)で事足りるのだろうか(1)~事前の予防措置が困難
では、このまま事業継続計画(BCP)の策定を進めていけば、今回発生したような「供給クラッシュ」に対する有効な対応手段となるのであろうか。
ミトロフは、多くの企業が発生したリスクに対して事前対策を講じることなく、場当たり対応をしていることに対して、事前準備の有効性を説くために、前述の危機の5段階を提示している。
「調査対象企業は大きく2つに分けられた。「危機に強い(予防的に動く)企業」と、「危機に弱い(場当たり的に動く)企業」である。
後者の「対処型企業」は、すでに経験した類の有事に備えるにとどまり、しかも完璧とは言いがたい。一方、前者の「予防型企業」は、過去に経験した緊急事態のみならず、より広範な危機に対処するプログラムを作成している。このギャップを埋めることはさして難しくない。しかし、前者と後者とでは雲泥の差がある。」(注6) そして、予防型企業は対処型企業に比べて、危機に見舞われる回数、企業の継続年数、企業業績(資産収益率)、企業イメージ、危機を未然に防止する姿勢において優れているとしている。
では予防型企業になれば、すべての事態に対して有効なのであろうか。特に、供給クラッシュに対してはどうなのだろうか。もう少し事態を細分化して考えてみる。
まず、損失の規模の観点から考えてみよう。
たとえ兆候の予知が困難であったとしても、被害規模が企業の経済システムの一部分に限定できる「アクシデント(偶発事故)」であれば、発生源の集中的回復などの対応策を発生後からでも実施することはできるし、災害保険などの経済的補完策の準備も検討することができる。被害発生個所を事前に想定できずとも、全般的な備えを考えておくことは可能である。
例えば、前述したリケン・ショックでは、購入企業が広範囲であったために経済的損失の影響は大きかったが、問題発生領域がリケンの工場に局所限定できたゆえに、購入企業が約1か月間にわたり最大840名の支援要員を送り込むことで、1週間で生産回復に結び付けている。
これに対して、経済システム全体におよぶ大規模な損害が発生する「重大危機」の場合は、回復過程は遥かに大規模にならざるをえない。しかし、予兆を感知して事前に準備できるか否かでその後の対応は変化すると考えられる。
大規模台風の場合を想定してみよう。例えば、2005年に大被害を出したハリケーンは8月24日朝にカリブ海で熱帯性暴風と認定された後、翌25日にフロリダ半島に上陸して7人が死亡する被害を出した後、いったんフロリダ湾に抜けている。ルイジアナ州に再上陸するのは29日のことだ。数日間の余裕がある。
次に、テロが頻発している治安不安国に生産拠点を置いている場合を考えてみよう。その場合はテロの発生を想定して、外国人テロ発生件数などの動向を見て、なんらかの対応を講じる余裕が想定できる。
「イッシュー型重大危機」と私が名付けた事態では、事前の回避行動としての「リスクのマネジメント」を実施する余地が残されている。兆候を検知し、事前に想定・準備した損失回避・削減の「リスクのマネジメント」を講じることが可能になる。すくなくとも、重大危機が発生することへの心構えは可能になる。
それに対して、「クラッシュ型重大危機」の場合は、事前準備が何もないまま、経済システムの広範囲にわたって機能不全が発生する。例えば、2001年の世界貿易センターへのテロ事件は、まったく突発的に発生した上、航空機がハイジャックされて重要施設に突入することへの危惧から、しばらくの間は米国上空を航空機が飛行できなくなるという物流機能の不全が発生している。さらにしばらくの間は、検査強化により物流の効率性が大きく損なわれることとなった。東日本大震災の場合も同様である。「クラッシュ型重大危機」による発生した場合、我々はリスクのマネジメント、すなわちミトロフの第1番目と第2番目の予防的段階で事前準備を行うことなく、重大危機発生に対応した「クライシスのマネジメント」に突入しなければならない。
事業継続計画(BCP)で事足りるのだろうか(2)~発生後訓練が未実施
では、危機発生後の備えは十分に行われていたのだろうか。
前述のように、事業継続計画(BCP)を策定している大企業は3割弱であるが、計画を発動しなければならない事態が発生した場合を想定した訓練を年に1回以上実施している企業はその内のさらに3割に過ぎない。すなわち、大企業の1割弱しか定期的な訓練ができていない。
このような事態が発生している要因としては、事業継続計画(BCP)の作成を企業CSR活動の一環に位置付けていることがあるかもしれない(注9)。多くの日本企業のホームページでは、事業継続計画(BCP)がCSR活動の配下に位置付けられていることが多い。このような傾向は、欧米企業には見られないものであるとされている。
さらに、有価証券報告書での記載義務も、この傾向に拍車をかけている可能性がある。
ある企業では、事業継続計画(BCP)を実施している旨の有価証券報告書への記載を4年前から実施している。事業継続計画(BCP)に対しては、年に1回点検活動を実施し、脅威となる項目およびその発生頻度と想定損失額の見直しを実施し、リスクマップを改訂する活動を実施してきていた。このリスク見直しは、各担当部門から始まり、事業部門ごとに集約され、最終的には経営企画部門の担当者によって全社統一版にまとめられる全社活動になっていた。さらに、対象事態が発生した場合の全社責任者が任命されていた。
では、この企業の事業継続計画(BCP)は、東日本大震災において有効に機能したのであろうか。結果は満足できるレベルではなかった。「計画はあったが、実施アクションプランの部分は体制図が1枚作成してあっただけでした。しかも、この仕組みを立ち上げた担当管理職は既に他部門に異動していました。後任者の名前が全社責任者として記述してあったにせよ、当人に意識がありませんでしたので、随分と混乱が発生しました」。この企業の担当者から聞いた話である。
一方では、より具体的な手順、例えば有事の際のサプライヤーとの連絡手順をアクションプランで定義しておいたため、作成後のフォローアップは実施できていなかったにもかかわらず、かなり有効な対応がとれたとの話を聞けた企業の事例もある。
しかし、リスク開示などの外部公表で優良企業とされている企業にて事業継続計画(BCP)の作成自体が目的化していた場合、事業継続計画(BCP)が有効に機能しなかったと答えていることが多いように思える。
事業継続計画(BCP)で事足りるのだろうか(3)~計画することが困難
過酸化水素水は、紙・パルプ業界で無塩素漂白法に使われるほか、高純度過酸化水素水は半導体の洗浄に不可欠である。その他、家庭用殺菌剤などトイレタリー用薬品にも利用されている。化学工業統計(経済産業省)によれば、2010年の国内生産量は21.6万トン、出荷量は19.2万トン、自家消費量が1.4万トンである。生産は、三菱ガス化学工業の鹿島工場が世界シェアの6割を占める。東日本大震災では、さらに日本パーオキサイドの郡山工場が被災し、ADEKAの富士工場が計画停電の影響でそれぞれ操業を停止したため、日本の生産能力の7割強が喪失することとなった。
前述のように、多くの日本企業は、特に新潟県中越沖地震以降、供給途絶に備えた調達先情報のリストアップを進めてきている。その範囲は、直接取引があるサプライヤーを越えて、もう1つ先のサプライヤーの取引先にまで及んでいる場合が多い。しかしそれに先んじて、より広い範囲での情報収集を実施していた事例もある。ある自動車メーカーでは、グリーン調達の一環として化学規制物質の含有を確認可能にするという理由から、2000年代半ばに調達品と調達先メーカーの一覧資料の提出を直接取引しているサプライヤーに指示している。指示を受けたサプライヤー各社は製品使用部材の明細およびコスト構造が自動車メーカーに明らかになることに大きな抵抗感を覚えつつ、自動車メーカーの圧倒的な購買力ゆえに調査を実施し、部材によっては自動車メーカーから見て第5層の深さの取引先(ティア5)までの供給経路を明示したリストを提出している。
ではこのような深いレベルまで追跡できる供給先リストは、今回の東日本大震災では有効に機能したのであろうか。購入品に直接取り込まれる部品や材料の供給を確認するには有効であったと、各企業からは聞いている。しかし、工場設備を稼働させるには、製品に直接取り込まれない、いわゆる副資材類や備品類も不可欠である。生産計画と連動して計算された所要量発注される厳密な管理の対象でなく、在庫量をチェックしつつ状況に応じて発注が行われる多岐にわたる素材類である。非常に多種多様にわたり、供給途絶はこれまであまり想定されてこなかった。では、これら素材の管理を強化することはできるのだろうか。その識別に多大な工数が発生するとともに、管理工数の増加も想定されて現実的ではない。そして、自社の範囲でこの状況であるならば、さらに深いレベルの供給先までを追跡することは、実質不可能である。例えば、半導体の購入先の電機電子メーカーで過酸化水素水を供給先リストに含めて管理していた事例はほとんどない模様である。
過酸化水素水は半導体でも紙でも、製品に取り込まれる素材ではない。しかし、高純度過酸化水素水の供給不足は半導体生産に大きな影響を及ぼすことになった。もう1つの事例は、計画(実質的には状況に応じた直前決定の)停電である。停電によって生産停止が発生し、生産計画に狂いが生じた企業は多い。両方とも、代替品がない代わりに、具体的な供給途絶は想定されていなかったものである。供給に関する経済システム全体が広範囲に被害を受けた場合、事前想定した範囲を越えた事態の発生を覚悟しておかねばならない。
日本企業では、事業継続計画(BCP)を主体とした対応策が進みつつあるが、供給クラッシュ(供給に関する経済システム全体に及ぶクラッシュ型重大危機)は事前に予防的対応ができない状況で発生し、影響範囲は想定の範囲を越えるものになる。さらに、日本企業では、発生前のリスク対応に重点を置く対応がなされる傾向があるため、発生後の対応が十分でなかった現状を、ここまで整理してきた。東日本大震災を受けて、我々はさらなる対応策の強化を考えていく必要があり、新たな仕組みを検討していかねばなれないと思われる。しかし、それに移る前に、今一度、東日本大震災で発生した状況を振り返ってみる。