- 人間の道具として適用が進むIA(知識増幅)をAIと捉えて、人工知能が導入されても人間が機械を操作する現在の環境に大した変化はないとする論調があります。
- しかし人間の知的作業を代行するAI(人工知能)は、IAとは別物です。
- そこで、AIを導入したならば、どのような変化(人間の購買業務の消滅)が起こりうるのかを、①人手作業が現時点で必須の業務領域の明確化、②AI技術の発展状況、③その技術を人手必須領域に適用したらどうなるのかの順に、ソーシング業務で明らかにしていきます。
1.人工知能は、本当に人間の仕事をさほど奪わないのか
多くの方は、5年前の2013年に出された論文「雇用の未来-コンピュータ化によって仕事は失われるのか(THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION?)」を記憶されていると思います。オックスフォード大学の研究者2人が書いた論文です。論文の目的は、米国職業分類に準拠する702職種が、機械学習やロボット化で代替され、人間の仕事としては消滅する可能性を割り出すことにありました。そしてその結果が「今後20年以内にアメリカの総雇用者の約47%の仕事がコンピュータに取って代わられ消滅する(10~20年程度のうちに自動化される可能性が高い(70%以上)仕事は、全体の47%)」というものであったため、同時期に出版された書籍「機械との競争」などと相まって大きな関心を集めました。
調査対象の702職種のうち、5職種が購買業務関連でした。ただし、流通業(小売業)バイヤーと農産物バイヤーは業界特定の色合いが強いため、一般企業での購買関連職に限ると「購買マネジャー」、「一般バイヤー」、「購買事務職」の3つと考えてよいと思われます。そしてそのうちの2つ、すなわち購買事務職は98%、一般バイヤーは77%の確率で、20年後の2033年には仕事が消滅すると推定されていました。(図1参照)。その結果、本当にそんなことがあるのだろうかと、購買業務の世界でもこの論文は反響を呼びました。
ところが最近になると、「AIは人間の仕事を奪うものではない、単調な作業を代替してくれる便利ツールだ」といった論調が、世間全般で多々見られるようになっています。反面、「人工知能による仕事の消滅」については、特に日本では関心が低下しているようです。Googleトレンドでみると、米国では論文名「The Future of Employment」をキーワードとした検索が継続して一定数存在し、かつ2017年11月にもう1つの検索ピークが生じています。それに対して、日本で論文名「雇用の将来」をキーワードとした検索数は、2014年にいったんピークを付けた後は低空飛行を続けています。では、2013年の論文が予測したような急激(ラジカル)で断絶的(ディスラプティブ)な変化、すなわち仕事の消滅は、本当に生じないのでしょうか。
2.IAをAIと取り違えるところから混乱が生じている
実は、世の中には2つの「AIのようなもの」があります。IAと本来のAIです。どちらも1950年代に誕生した思想ですが、立ち位置-つまり、人間の有無の考え方-が根本的に異なります。にもかかわらず、この2つが人工知能の名の下に混同されていることで、「人工知能で仕事が消滅などしない」などの、雇用の未来に対する楽観論が生じているように思われます。
(1). IA(Intelligence amplification:知能増幅)
では、IAとAIはどういうもので、どう違うのでしょうか。まずIAから見ていきましょう。
IAとはIntelligence amplificationの略で、「知能増幅」と訳されます。コンピュータを人間の”道具”として利用する思想の延長線上にある概念です。
そもそもコンピュータは軍事目的(弾道計算)のために世に出ました。例えば、第2次世界大戦直後のENIACです。それがその後、科学計算、さらには事務計算の分野へと適用が拡大していった歴史があります。とはいっても、それは「計算に便利な機械/単なる数値を処理する機械」の範囲の拡大でしかありませんでした。
それに対して、人間の情報収集能力や情報処理能力を補完・増強する道具として、単なる計算機械を越えたコンピュータの活用を発展させようとする動きが1950年代に発生しました。コンピュータに新たな用途を見出そうとするものです。そしてこの動きは、そのような類の機器を「IA (Intelligence amplification:知能増幅、もしくは、Intelligence amplifier:知能増幅機)」と名付けました。
この人間の知的能力の補完・増強の道具にコンピュータを使おうとする動きが、現在まで連綿と続いています。特に、1990年代以降になると高性能PCの出現、Webとインターネット技術の進歩により、我々の情報収集・処理能力が飛躍的に強化されました。今や、スマホ1つでいつでもどこでも情報の収集や情報登録ができる時代になっています。
現在の「人の仕事は奪わない/便利ツール」の「人工知能の適用事例」は、この延長線上にあるものです。それは、機械学習などの人工知能技術を取り込んで高度化した、人間が使うことを前提とした「道具」、すなわちIA(Intelligence amplifier:知能増幅機)です。このような類のものとして、例えば、購買業務では、価格の相関分析、支出分類・集計作業の自動化、サプライヤーのリスク管理、不正購買の検出などにIA(道具)の適用事例が出てきています。また、業務書類の機械入力化といった、より汎用的な業務プロセスのロボット自動化(RPA)も登場しています。
ちなみに、IBMのWatsonチームは、IAの別称の「Augmented Intelligence(拡張知能)」を持ち出すことで、本来の「Artificial Intelligence(人工知能)」とは別な「IA」を「AI」として、顧客に提供しています(サイト「IBM Watson: Watson とは?」などを参照)。確かにIAの別称を略せば「AI」なので間違いではありませんが、このあたりがIAと本来のAIの混同をさらに進める要因になっています。
(2). AI(Artificial Intelligence:(本来の)人工知能)
では、本当のAI(Artificial Intelligence:(本来の)人工知能))とはどのようなものでしょうか。
ここまでみてきたように、IAは人の知的活動を手助けする道具です。それを使う主体/主人公として、人間が前提に置かれています。無人化の観点で言えば、確かに書類転記のような非効率作業では無人化が起こるかもしれませんが、利用主体である人間の排除は思想的に考えられていません。ゆえに、IAを人工知能とみなしてしまうと、「人工知能が人間の仕事を奪うなどは嘘っぱちだ」といった主張が出てくることになります。
しかし、本来の人工知能であるAI(Artificial Intelligence)は思想的にまったく別物です。本来のAI(人工知能)は人間の能力を増強する道具ではなく、それ自体が人間の代わりの役割を果たすものです。そしてそれに向けて、人間の知能をコンピュータ上で人工的に構築・再現する研究が進められてきました。研究者によって細部が異なるところがありますが、人工知能は予め定められたルールや条件に基づいて、自ら考え、判断することができます。さらに、その結果を学習材料にして、よりよい結果がでるように自己修正(自律的学習)していきます。そこでは、人間の存在は考えられていません。人間の代理をするのがが本来の人工知能(AI:Artificial Intelligence)です。
1956年のダートマス会議で名称/概念が採用されて以来、AI(人工知能)の研究が進んできました。そして2006年のディープラーニング(深層学習)の登場により、人間の知的作業を本格的に代行できる/人間の仕事を消滅させる可能性が大きく高まってきた状況となっています (人工知能の発展の歴史については、第2部で説明予定です)。
(3). なぜIA(知能増幅)が大きく語られているのか-3つの理由
では、なぜIA(知能増幅)がここまで大きく語られているのでしょうか。主に3つの理由があると思います。
①ベンダーの事業面からの要請、収益確保
第一は、やはりビジネス上の理由ではないでしょうか。企業は短周期で一定の利益を確保していく必要があります。しかし残念ながら、AI(人工知能)はまだ発展途上です。採算レベルに到達するにはまだ時間がかかります。そこで現在売れるもの/お金になるものはとなると、目先のIA(知能増幅)は魅力的です。その結果、IA(知的増幅)ツール類に焦点が当たり、「AIのようなもの/人工知能技術を適用したもの」としての、ベンダー各社の「お金にする」行動が始まっています。
購買領域では、例えば、2018年1月9日の日経産業新聞には「部品価格は妥当?AI査定、日本ユニシス開発、「質の割に高い」「運搬費かさむ」…、過去と比較、交渉材料に」という題で、価格分析・査定のIA(知能増幅)ツールの記事が掲載されました。海外に目を移すと、つい最近ではBaswareが人工知能技術を適用した購買業務アシスタントのチャットボットを開発したという報道があります。その他にも、IAのところで前述したような”道具“の適用事例が出てきています。
AIという目新しい技術を使った実用ツールを販売して収益を得ていかねばならないベンダーにとっては、「このツールにはAIが使われています」が重要なキャッチフレーズになります。
②変化への恐れ、もしくは倫理観
第二は、現状が変わることの無意識的な恐れであり、より意図的には倫理観も絡んでいるような気がします。これまでの「道具としてのコンピュータ」という考え方はIAならばまだ継続できます。しかしAIではそうはいきません。さらには、シンギュラリティ(技術的特異点)問題があります。AI(人工知能)が人間を越えるときがやがて訪れ、人工知能がもはや人間の制御を離れる危険性が指摘されています。
これに対して、人工知能技術の適用はIAの道具レベルに留めたいとする意図が、無意識もしくは倫理的な意図をもって、本来のAI(人工知能)に進むことを躊躇させている可能性があります。
③未来が見通せない/想像力の欠如
最後に残念ながら、現状を離れて未来を見通すことができない人も少数存在しているようです。そのような人には、AI(人工知能)の思想的な概念を説明しても、どうしてもわかってもらえません。
(4). 人工知能による仕事の消滅は、AI((本来の)人工知能)から考えねばならない
もちろん、IA(知能増幅)ツールの導入を全面否定するつもりはありません。前述の日本ユニシスの事例では、従来システムの追加機能としての導入であれば300万円前後の導入費用と報道されています。想定効果が、導入・運用費用総額(データの引き込みなどの設置費用も含む)に見合うものであれば、導入を検討する余地があります。例えば、300万円の導入費用に対し、1000万円の効果が見込まれるならば、十分に見込みがあるのではないでしょうか。
ただし、このようなIT(情報技術)ツールの導入に絡むのは、購買企画課システム担当といった、特別な役割の人ではないでしょうか。従来から、購買ツールの導入役を担ってきた人々です。反面、一般の購買スタッフは、そのような場面には縁遠いのではないかと思います。
そしてやはり購買スタッフ全般に共通する関心事は、人工知能による購買業務の消失があるのか、人工知能が購買の仕事を奪っていくのかではないでしょうか。しかしそれを論じるには、これまで述べてきたように、現在ブームになっている”道具“のIA(知能増幅)ツールを考えるのでは足りません。人々の仕事を代行する本来のAI(人工知能)について考えを巡らす必要があります。
3.当論考のストーリー展開
そこで、AI(人工知能)が購買業務をどう代行するか、それにより人間の購買業務はどのように消滅するのかを、当論考では次のようなストーリー展開で明らかにしていこうと考えます。
最初に、購買業務がどのようにデジタル化されてきたのかを追いかけ、現在も人手に残っているところがどこかを明らかにします。その部分は現在、まさに人間が担当しなければならない部分、機械には任せられない部分となっていると思われます。そこをAI(人工知能)が代行できるとなれば、その影響度はかなりの大きさとなります。そこで現在デジタル化がどこまで進んでいるかを把握した上で、機械化から取り残されている「ラスト・フロンティア」がどこなのかを明らかにします。
次に、AI(人工知能)技術の発展を俯瞰します。皆さんもお気づきのように、昔は人工知能といってもできることの制約が非常に多かった印象があります。それが人間を越えるとまで考えられるようになった理由までを概観します。
そして最後に、人手購買業務の「ラスト・フロンティア」が、発展してきたAI(人工知能)によってどのように代行されるのか、どのように人間の仕事が消滅するのかを予見してみます。実は購買領域以外ですが、既に一部の領域では参考になる事例が生じています。その状況を吟味するともに、それが購買業務でも発生し、その結果、購買業務の将来の姿がどりそうなのかを描いてみようと考えています。
4.工数が最も掛かっている購買ソーシング業務が検討対象
CAPS Researchの調査では、購買領域の工数分布が下図のように集計されました。サプライヤー管理やユーザー管理の重要性が叫ばれてはいますが、やはり購買部門がもっとも工数を掛けているのは、ソーシング(見積取得~価格決定)とP2P(発注から支払)までの領域です。米国の状況の調査結果では、この部分で6割強の業務工数が発生しています。
一方で、(次回の「購買業務がどのようにデジタル化されてきたのか」のところでも述べる予定ですが、)P2P(支払~発注)までは早くからデジタル化の対象とされてきました。その結果、この領域の業務量の7割がデジタル化(無人化)されたとも言われます。そうなると、購買業務の業務工数の5割程度が、実はソーシング活動に費やされているのではないでしょうか。
その最大工数消費領域である購買ソーシング領域の仕事が、どう人工知能に奪われるのか、それを描き出すのがこの論考の狙いです。確かに、前述の2013年の論文は、代表70職種の特徴を分析し、それを702職種に当てはめて、すべての職種の仕事の消滅可能性を割り出した統計的な推論です。しかし、購買ソーシング業務という特定の業務を深掘りしていってみると、この購買職種の消滅割合の推定はあながち誤りとは言えないように思えてきます(今後、記述説明していきます)。
その上で、どこが人工知能に奪われ、どこが人間に残るのかの見通しが持てれば、購買スタッフが、将来に向けた打ち手を今から考える足がかりにも繋がっていきます。その見通しを得るための一助となることを、この論考では考えていきたく思います。